03.21 浅草国際劇場リサイタル

GORO IN KOKUSAI 浅草国際劇場リサイタル ~私鉄沿線~

1975年(昭和50年)3月21日~3月24日
  • 音の世界に魅せられて
  • ワン
  • ノーバディー
  • イーライズ・カミン
  • トラベリグボーイ
  • レッツダンス
  • スモーキング・ブギ
  • ロック・ユア・ベイビー
  • トラベリングボーイ
  • 船出
  • 何処へ
  • 青いリンゴ
  • 好きなんだけど
  • 青い日曜日
  • 甘い生活
  • アドロ
  • 私鉄沿線
  • 哀しみのソレアード
  • 青春のとき
  • 見果てぬ夢
  • マイ・ウェイ

ファンクラブ会報「五郎」第12号 昭和50年5月15日発行より

五郎君も、もう5年目のスタートを切った。早いものである。昔のあどけない童顔が、今ではたくましく、ある時は愁をもって迫ってくる。確かに芸能界でしかもトップクラスで、5年もの生活は並大抵ではない。

彼の努力はもちろん、周囲の温かいチームワークが彼を素直に育てあげている。彼と一緒に舞台をやっていると、五郎君ならではのエピソードが数々ある。ほほえましいその裏話を5周年にちなんで、5つほど紹介してみようと思う。

昔から我々の世界では、舞台のあの広い空間をびっしりと埋める役者、あるいは歌手のことを「あの人は絵になる」という。いわゆる絵姿凛々しく綺麗なことを言うのである。あの東洋一大きい国際劇場で、4日間を正にワンマンショーを成功させるためには、あれだけの 広いステージを動く計算もピシリと決めなければならない。我々のキッカケでよくステージに「線を張る」という仕事がある。いわゆるその位置に決まると、サーッっと照明が入るという仕掛けである。

例えば「こころの叫び」のラストでグーと手を差し伸べて、赤いライトの中でポーズをするシーンを皆さん覚えておいででしょう。今まで五郎君はその場所を外したことがありません。国際劇場の時は、ちょうど東京踊りの真っ最中であった為に、両方で何十カ所も大道具の位置が決めてありました。そのため間違えないでやってくれるかという心配をよそに、ぴたりと決まってくれた五郎君。今もって我々は彼の勘の良さに感心する。

毎週、土曜日・日曜日となると、皆さんの街へゴローオンテスージが行く。1人でしかも2時間あまりを歌いまくる五郎君は重労働である。それでいてハラハラすることばかりである。しかし、どんなにコンディションが悪くても手を抜かない。ロックコーナーで一瞬、衣装替えに入ってくる。その時の彼の顔は、真っ青である。マイクを持つ手がブルブル震え、1分間もない衣装替えの間、ボタンを抑える手も、もう大きく動きすぎてうまくゆかない。さあいよいよ出番だ。さっそうとして歌い始める五郎君。その真剣さに我々は強いぐらい引き締まる。

五郎君が、機嫌が良いのか、ちょっぴりご機嫌斜めなのか、我々にはすぐわかる。会場へ入ってくるや、ドラムセットをたたき始めたら、明るい顔で「おはよう」である。どうしても時間がなくてそれができなかった時は、ステージをうまく乗れないと言う。音楽以外、彼には楽しみはないのだろうか。それほど彼はリズムとメロディーが身体のすべてのようだ。

楽屋での五郎君は、本当に当たり前の青年である。われわれスタッフが押し掛けても、楽しそうに今 流行のなぞなぞで押し込められる。寺岡君がお蕎麦なんかの出前を持ってくると、ご本人より我々の方がおなかいっぱいになる。いつも横取りしてごめんなさい。ごちそうさまです。

今、スタッフは照明、音響・大道具そして坊やたちはサウンドメイツ、コーラス、そして中西さん、安田さん、寺岡君など一行40名以上の行動をしている。それ以上にスタッフであるのが五郎君自身である。自ら舞台のセッティングを手伝ったり、終わったら掃除をしたりしてくれる。そんな五郎君への全スタッフの信頼はステージに現れる。

また今週も旅に出ます。公演の時はそんなことも心に留めて応援してください。いずれエピソードをお送りしましょう。

舞台監督 若狭健二